医業は人間観察の日々である。勿論、疾病を見つけ治療するために観察するのだが、時にはとても特徴的な風貌や性格の持ち主が心に残ることがある。個人情報保護法が濶歩する現代であるしまた、医療という守秘義務がある世界でもあるから誰というわけではないし、酒の肴にするつもりではないことを始めに断っておく。
1.食事制限の話その1
ある日のこと、「明日、健康診断を受けるのですが、何か注意点はありますか?」と質問電話があったので、「朝ご飯は食べないで来てください」と答えた。
採血当日、さて、採血の前にもう一度確認のつもりで、「ご飯は食べませんでしたよね」と、聞いたら、彼は「はい、ご飯はダメだと言われたので、パンを食べてきました」と、胸を張って答えられたのですが、結局採血検査は延期になった。
この後は、必ず「食べ物はダメ、コーヒーもダメ、勿論牛乳もジュースもダメです。お水かお茶なら摂取しても良いです」と、伝えることにしている。ただし、がぶ飲みは困るのだが、、、
2.食事制限の話その2
生命保険会社から、健康診査の依頼があった。其の折、血液検査もあると言っていたので、「食事をしてこないこと、ただし、お水かお茶で口を潤すのは構わない」と、連絡してもらった。
さて、当日。「食事はしていないですよね、お茶かお水は飲みましたか?」と聞くと「はい、何も食べてきていません。咽が渇いたので ”はちみつレモン” を飲んできました。」
な、なんと!「昨日の注意が、保険会社の方から伝わっていませんか?」と問うと、「いやー、寒いし、お茶はイケないから、温かい ”はちみつレモン” を飲んでくださいと保険会社の方から言われた」そうな。
余計な間違ったことを言うなと、保険会社に厳重注意したのは言うまでもない。こんな社員がいる保険会社、信用していいんかね?
3.時間感覚その1
問診していると、困るのは、病歴を聞き出すときの時間感覚のずれである。
血圧を測ると、あら、と驚くぐらいに高い。「血圧が高いですね」と、中年女性に伝えると、血相を変えて「そんな事ありません、いつも低いぐらいでしたから。何かの間違えです。この前だって、お医者さんに血圧は低めだって言われたんっです。計り直してください」と言う。「いやー、ウチの血圧計が信じられないって事ですか?ところで、前計ったときと言うのは、2-3か月前のことですか?」と聞くと、彼女の顔は曇ったまま、「そんな最近じゃありませんよ、前って言うのは、5年ぐらい前って事ですよ」と、強気に言う。「あのね、血圧は急激に上がり始めることがあるの、だから、5年も前に正常だからと言っていまも正常値とは言えないの。l10代20代の5年間の血管の変化よりも、40,k50代の血管の変化は5年もあれば大きく変わるのですよ、分かりました?」
彼女は赤面して下を向いた。
若い内は、1日でも長いのに、年取ると1年でも短く感じる、、、私も段々そうなってきたが、、
4.時間感覚その2
若い女性が受診してきた。「昔っから、ここに湿疹が出来ているんです」そう言うものですから、「いつ頃からですか?」「昔からです」と問答が始まる。20歳そこそこの人間が昔などというのは間違っているのだが、具体的に時期を述べられないとこんな、ちんぷんかんぷんな問答になってしまう。特に、若い人ほど、たった、数年過去を "昔" と言う。やはり、若い人には1日が長いのかな?
5.痛みの表現
痛みは、ご本人しか分からない苦痛というストレスである。しかしながら、内容が分からなければ適切な治療が難しくなる。「背中が痛いんで、来ました。接骨院に行っても治らないから、、」と、一人の女性がやってきた。痛みの性質等を問うたが、答えられない。確かに日本語には痛みを表現するボキャブラリーが少ないのだが、切られるような・鈍痛・ビリビリ等、比喩的な言い方でもしてくれれば理解がしやすい。また、痛みの持続に関しても、タダ痛いでは不正確である。痛みを伝えるときには、いつ頃から・どんな質の痛みが・何をするときに・どのくらいの時間・どうすると楽になるか?などを伝えると治療者は間違えを犯さないで済む。
再診時に多いのは、「痛いんです」これ一言。これでは、治療計画が難しい。治療に対してどの位の効果があったのかを教えて下さると次の治療に役に立つのである。たった、一言、「こないだの治療は、○○だった」、で結構なのである。
言葉は、コミュニケーションの道具。正確に理解してもらえていないのは、当方にも責任はあるが、間違えなく意思疎通を確立するためにお互に気を付けねばならないな、と、ひとりごつ