数年前の話、25,6歳の可愛いいダンサーが受診してきた。当初は、月経不順改善の目的でプラセンタ治療を受けたいと言うことだった。外見上はスマートで、身長はあまりないが、いかにもダンサーという体型であった。月経不順と言うよりも半年以上無月経状態であるという。
数ヶ月の間、プラセンタ治療を継続したが症状に改善は認められなかった。甞て、順調に生理があった頃と比べ体重は数キロ減少している。彼女自身、それに気付き体重を戻そうと努力しているようであるが、一向に増えない。げんいんは、何であろう。
彼女の私生活、心の内を明かしてくれるには時間が掛かったが、彼女の日課としていたことの中に、嘔吐癖があることを語ってくれた。夕食などは人一倍摂取する。その後、太りすぎてしまうという不安から、嘔吐をする。この行動がここ数カ月は毎日のこととなっていた。精神科を受診したこともあったようだが、症状に改善が認められないので、いつの間にか通わなくなってしまったという。治療の目標はこの摂食障害に向かった。
肥満患者様に用いる食欲減退薬を用いることは彼女には不適であった。なぜなら、食欲を減らすのではなく、なぜ食に走ることになるのかを解決せねばならないからである。私は、習ったばかりの漢方的診察を行うことにした。何らかの精神的ストレスから、逃れるために食に走っているように見えたからである。かつて、別の患者様に風邪の診断の下で『香蘇散』を処方したところ、食欲が減って楽しみが無くなったと、クレームを言われたことを思いだした。しかし、今回の彼女はチョット違う。大紫胡湯、四逆散か柴胡加竜骨牡蠣湯か迷った。なにしろ、かけ出しの漢方初心者である。どちらかというと、自分の診察結果よりも、薬品の効能書を見て処方を決定せざるをえなかった。
彼女には、嘔吐したくなったら電話かメールをするように伝えておいた。しかし、連絡はいつも、「嘔吐値しちゃった」という内容であった。数週間経った頃、連絡が来なくなった。当方も不安に思い連絡を取ってみた。このころから、嘔吐の回数が毎日ではなく2-3日に一度に減ってきたという。自信がついてきたようであった。回数が減ったとはいえ、他の人から見れば遥かに多い。私の漢方的診察も、当初に比べいくらか自信がついてきた。しかしながら、処方を変えるには、今ひとつ自身がなかった。彼女は漢方薬が少しは有効であると分かると、もっと奥深い心の中をみせてくれた。
ダンサーの世界も競争社会である。仲間と一緒に食事や呑みに出かけることも屡々である。そのような晩はかならず、。嘔吐してしまう。云々
私にも解決の糸口が垣間見えてきた。彼女のストレスは内に向かっているのではなく、他人に向かっていたのだ。それが、漢方診察を難しくしていた一因でもあったと気付き、診察の結果どおりの処方に変更した。その後は、過食・嘔吐の回数は激減した。数か月前来院したときの話では、ここ半年はご無沙汰のようであった。もちろん、現在は漢方薬すら服用していない。
別の女性。31歳。某有名デパート店員。彼女は、嘔吐で悩み、友人の薦めで精神科をおとづれ向精神薬を処方されていた。彼女は、実にあっけらかんと「嘔吐が趣味です」といった。天真爛漫な顔で言われると、次の言葉が無くなった。精神科医に任せておけばよい、私は彼女に喘息の管理だけをしていればよいと思っていた。しかし、ある時真剣な顔でこう言った。「精神科の薬を止めたい。だけど薬を服まないと、どうしても吐きたくなる」 丁度、ダンサーへの治療が有効であると気付いた頃であったので、その内容について説明した。彼女も、漢方薬を服用してみると言ったので、漢方的診察を行った。
概略を述べると、彼女の場合は、ファザコンであった。常に、父に対して増悪の感情を持っていた。その根底は分からない。しかし、漢方診察に則った処方を行ってゆく内に、過食・嘔吐が激減した。それだけではなく、父に申し訳ないことをしてきたと素直に言えるようになった。彼女が数か月前に来院したとき、既に漢方処方も止めていたが、また、あっけらかんと「また吐いちゃいましたよ」と、その後に「うーそ」と言っていた。
今ごろ二人はどうしているだろうか。また、困ったら私の所に来るのじゃないかと思っている。(でも、来院するって事は具合が悪い訳だし、他人の不幸を期待しちゃ行けないですよね)
こういった症例を精神科医に話したところ、摂食障害は治らない。漢方で治ったなら、違ったのではないか?といわれた。
まあ、どっちでも良いじゃあないか。患者様がラクになったのだから。と、ひとりごつ。