この一年、震災と騒がれたが、阪神のものとは異なり地震そのものよりも津波、地方は違うが豪雨など水難の年であったと思う。まあ、地震にしろ豪雨や津波にしろ人間は自然の前ではなんと非力なことか。人間なんて儚い存在とも考えさせられた一年。
訃報
最終診療日の朝、一本の電話が入った。受付嬢は電話相手がただならぬ様子であったことを悟って私に電話を回してきた。懐かしい声がした。電話の主が伝えてくれて事は誰もが望まない訃報の電話であった。思えば今年は訃報の連続であった。勿論世の中では珍しい事ではない。然し乍ら今年の初めから、私が十数年前まで在籍していた大学医局の後輩達の訃報から始まっている。
一学年後輩であった佐渡ヶ島出身の秀才麻酔科医 Dr.K 勤務中の病院の当直室で翌朝発見されたそうである。彼はとにかく頭が切れた。また、ハンサムでもあった。今よく言うイケメンなんぞは彼と比べたら醜悪な男になってしまう。アルコールとフラメンコ・ギターが好きであった。しかし、とても恥ずかしがり屋な面もあった。彼には私たち夫婦の結婚披露宴の司会をしてもらった。
翌月には、大恩師である北の旧帝大名誉教授 Prof.K 愛妻家で知られていた彼は奥様の墓前で亡くなられていたのを発見された。私が親分と慕う三人の内のお一人であった。彼と出会わなければ単に生意気な研修医であったであろう。彼に医学の奥深さと面白さを知らされた。其の後、超三流医科大学の講師であった私を旧帝大講師として移るよう再三にわたりお誘いしてくださった、栄転のお誘いであったが諸般の事情によりお断りせざるを得なかった。もし、あの時移籍していたら今なお旧帝大の中に居られたか、或いは更に極寒の地に左遷させられていたか不明である。Dr.K Prof. K とは数々の交際学会に参加したことを思い出した。
初秋には十五年ほど後輩の女医が闘病生活の末に逝去した。彼女と夫は共に私の直接の後輩であった。二人の面倒をよく見てきたつもりであった。美人薄命である。
そして、つい先に入った訃報はショッキングなものであった。出会ったのは四分の一世紀ほど前であろうか、他大学から単に研修のつもりで訪れてきたその女医に私は麻酔科学の面白さや難しさを伝えることができた。後に彼女は私達の医局に移籍してきた。研修医ではないので今まで以上に麻酔科学に関してスパルタ教育をした時期もあった。彼女は頑張ってついてきてくれたと思う。指導医を取得した頃、同じ医局すなわち私の後輩でもある医師と結婚をした。その後大学を離れ都内の某病院に勤務した。その彼女が病魔に侵されているなど私には知る由もなかった。ただ、亡くなられる3週間ほど前までは手術室で麻酔科医として仕事をしていたらしい。
医局を離れてからは音信不通であったが、在籍中は共に親しく有意義な時間を過した連中であった。男たちは事故といえるような亡くなられ方であったが、女性二人は闘病生活の結果であった。彼女たちは医師であるから自身の先の事も予想できたであろうし、まだ小さいお子さんたちをお持ちであったからさぞ無念であっただろう辛かったであろう。
本年はかつて同じ釜の飯を食った仲間が、それも特に親しかった者が逝去した報告を聞かねばならなかった。皆自慢できる後輩や恩師の医師であった。
ご冥福をお祈りします
裸の王様
政治的な話をするつもりはないが、どうも日本の政治の中心に立つ方たちは、総て自分の目で見て判断していないようである。周囲にいる宦官のシナリオ通りに話し、自分の言葉はない。必ずしも宦官が悪いわけではない、悪しき者と良きものを見分けることができない裸の王様がよろしくないだけである。即ちリーダーの資質がないだけである。そういえばここ数代の代表者達はまっとうな社会生活を送ってきたのであろうか。お金には全く頓着せず生きてきたルーピー人、市民運動の代表とは言うけれどサル山の大将、はたまた会社で仕事をしたことがない机上の勉強しかしていない人達ではないだろうか?まあ、どなた様も一般庶民の生活や経済観念など理解だけでなく日本全体の構造を考える能力もない。彼らは何が目的で政治家になったのだろうか、志が何も伝わってこないのである。
反対することにしか生存価値が認められないアホな方達
人は、大声で反対を唱えている人を見るとさも立派な人物のようであり正論を述べているかのような錯覚に陥る。全てに反対は、革命でも革新でも無く興味を引くエンターテイメントに過ぎない。なぜなら、彼らには是という提案が無い、出せば逆に反対されるだけであり其れを恐れて反対闘争をするだけである。反対勢力にあるときには英雄にも見間違えられたが、主体性が元々無いのだから体制派になったとしてもアホな人たちのままである。まあ、親分たちと違わないね。
所謂弱者に媚びるアホな人たち
弱者をいじめるのでは無く擁護することはとても尊いことではあるが、強者の論理もたまには必要なときがあろう。然し乍ら歪んだ弱者救済により、働かざる方喰うは易しとしてしまった社会は如何なものか?
二次元的発想
最近テレビを見ていると、やけにテカテカと輝いた顔貌を見ることが増えてきた。特に中高年女優に多いのだが、その状態を見ていると数十年前に習った「フルヘッヘンド」という言葉が頭をよぎるのであった。解体新書には鼻は顔の真ん中にあり「フルヘッヘンド」していると書かれていたと思う。即ち、うず高く飛び出ているということである。かの女優さまたちの鼻がフルヘッヘンドしているのではなく、その両脇がフルヘッヘンドしているのである。横顔であったり表情豊かに笑うときにはそのフルヘッヘンドの位置が異常なのである。もう、美しいなんて言葉ではとても言い尽くせないほどウツクシくなっているのである。確かに、皺クチャになった空気の抜けたゴム毬に空気や水をたっぷり入れれば、表面のシワシワは引き伸ばされる。そして劣化したゴムは更に伸びるのであるから次のシワの準備段階なのである。どうやら、お歳の方たちとは限らないが肌にはシワひとつなくピーンと張っていることが美しいと考えているようである。それも、お澄まし顔をしている時の話であって、会話中など表情が変化したときにも美しさが保たれているかどうかなんてお構い無しのようである、即ち、固定した無表情な顔が美しけてば良いのであろう。私はこんなのは美人の範疇に入れたくはない。きっと、ご本人たちの顔の判断は鏡という二次元的な所でした判断していないのであろう。それも、鏡に顔を近づけて局部的な判断しかしていないと思われる。やっぱり、美人ってのはお澄まししていても、お話をしていても、そして適度にシワがあろうと美しい女性のことを言うのである。そして、無表情化美顔術には私は反対意見である。額に一切皺が寄らないばかりか眉が不動というのは頂けないと私は思うのである。
変わった患者さん。 多分貴方様のことでは無いと思いますが、、、
説明不足だろうか、、、
血液検査を予定していたので、朝食は摂らずに来院するものと思っていたらそんなことは期待外れであった。
そこで、検査の日には朝ご飯を食べない出来て下さいネと言ったのだが、、、、パンを食べてきましたと堂々とした答えが返ってきた。ご飯もパンも含め朝食は摂らないで来院して下さいと言ったら、毎朝牛乳を飲むのが日課ですからとノンできた。午後に、やってきた患者さん。朝食は約束通りに摂らなかったが、昼食後に採血検査に来た。
顔に注射を行った後には少々腫れることがある。殊に初回時には腫れやすいので、腫れが引くまでは寝ないようにと言っておいたら、翌日顔が半分が腫れたとクレーム電話が入った。極力丁重に説明したが理解困難であったようなのでご来院頂いた。彼女は、確かに眠りはしていなかったが、横向きになってテレビを観ていたら顔半分が腫れたという。
私の、説明不足なのだろうが、、、、、。
血圧測定時にはただでさえ緊張するであろうが、彼はこわばっているのが手に取るように分かった。右上腕にマンシェットを巻き左拇指にはパルスオキシメータを装着した後私は彼に言った。楽にして下さいと。そのとたん彼の取った行動は、まさに想定外であった。椅子に浅く腰掛け直し、背板に踏ん反り返るようにもたれかかり、両腕をだらんと下垂させた。更に口をぽっかり開けていないだけ未だ良かったが、楽にしろと言っただけなのに虚脱姿勢を取るとは。
診察室内には線引があるわけでは無いが、私のテリトリーとでも言おうか普段の患者様が足を踏み入れない場所がある。それは、診察机の足元である。時として、私が足を入れているそのスペースに入り込んでこようとする人がいる。おいおい、若い美女ならいざ知らず、私にはその様な趣味は無いのだからネ。
看板に偽りありか
通常来院患者数が少ない当院にとっての売り文句は「お待たせしません」である。然し乍ら、偶にはお待たせせねばならない時もある。勿論、来院時にお待たせしそうであると予想されれば受付でその状況を説明している。彼もそのような説明を受け、待つことは構わないと言い待合室に存在していた。十五分程した頃だろうか、待合室の椅子からすくっと立ち上がり受付係に「お待たせしませんとホームページに書いてあるから来たのに、もう来ない」と言葉を吐いて去っていった。ホームページの記載が悪いのか?否否否。正しいのは我にあり悪しきことは他人にありという風潮が生んだのではないか。
バカ親亡国論
嘗て、女子大生亡国論と言われた時代があった。その是非について論ずるつもりはない。ただ、現在はバカ親亡国論を叫びたい。親馬鹿は自身の子供を可愛がり子供を守るが他人を傷つける者ではない、子供に代わって謝る。バカ親は子供が可愛いのではない、子供を可愛がっているように思われたい親であり、自身のエゴを自身の子供や他人の子供に押しつける。他人を傷付けること屡。正しいのは我にありを主張する。子供のけんかに親が口を出すなど、数十年前までは非常識であった。しかし、その子供のけんかの中で子どもたちは社会のルールを体験し、そして暴力の辛さ空しさや限界や許容を知ってゆく。何でもかんでも自分の子供が一番、全員揃って駆けっこ一番、学芸会の主役はクラス全員。努力して秀でた者には陰口叩く日本人独特の島国根性を間違った僻み根性。そんなバカ親達には平等と公平や対等など区別がつかない。そのバカ親は嘗ての女子大生かもしれない。はたまた、その子孫では無かろうか。こんなバカ親に育てられた子どもたちが全うに育つ可能性を考えると、日本の将来は決して明るくはない。
女が強いのか はたまた 男が弱いのか
数十年前、ストッキングと女は強くなったと言われた時代があったが、現在はなお女性が強くなったのか。否!
単に男が弱くなったに過ぎない、ナデシコのほうが遥に男性的と思わせる男性が多いではないか、気力体力全てが弱いついでに頭の中も弱いのであろう。大して美男でもないのに、なんだっけイカメンじゃなかったイケメンと言われ喜んでいるバカ男ども、私が言われないからといって僻んでいるのではないから誤解しないで頂きたい。バカ女どもがバカ男をイケメント祭り上げながら操縦し、バカ男は木偶の坊になってゆく。日本男児弱体化は女性にだけ帰因するとは思わない。昔テレビゲーム今モバ何とか、マズゴミという不正確情報配布社。そしてなんと言っても、競争社会は悪しきものという底辺統一教育の賜。昔のモーレツ社員が懐しや。
久々に書き始めたら本来は懺悔の文章であったはずなのに、、、今年も悪口ブログで終わってしまう。
来年こそは、正面に書こうと心に誓う。鬼さんわらわないでね、とひとりごつ。
最後になりましたが、ご逝去された全ての方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。